沖縄 ~平和への願い~ − アジア旅日記 −
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アジアの友人達との交流で、「戦争の歴史」を抜きにして付き合うのは難しい事を痛感しました。アジアの国々で「太平洋戦争」は「日本による侵略戦争」。日本人としてその事実に向き合う事は、とても辛い事です。けれど、国境を越えて「本音を語り合える友達」になりたいと願うなら、一番話辛い「戦争」についての対話ができる関係を築く勇気も必要なはずです。
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そんな事を常々考えていた私は、大学の食堂で、ある広告を見つけ、沖縄行きを決めました。大学生協が主催している「Peace Now!沖縄」という平和学習企画。2007年9月8日~9月12日の4泊5日の日程で、全国の大学生が沖縄に集まりました。
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丁度、沖縄を舞台にした小説の構想もあり、その取材も兼ねて、短期間でできるだけ色んなものを吸収しよう! と意気込み出発しました。
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現地へ到着すると、琉球大学の学生さん方が、壮絶な地上戦の歴史を辿りつつ、米軍基地を間近で見られる場所へエスコートしてくれました。時折漂う心地よい風に癒されながら、観光旅行では見る事のできない沖縄の人々の生活に触れる日々。
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とにかく最初は、米軍基地の多さに驚きました。沖縄の戦争はまだ終わっていない……基地から次々と飛び立つ戦闘機を背景に、その言葉の持つ意味を考えました。
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4日目は、それぞれ自分の興味のあるテーマに分かれ散策。私はもちろん「アジア・太平洋戦争チーム」 へ参加。日本人からの視点ではなく、アジア諸国からの視点で忘れ去られた場所を巡る内容でした。
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その時初めて知った事は、日本人の慰霊碑にはお花も供えられ参拝者も多いのに、韓国人や台湾人の慰霊碑は平和記念公園の裏にあったり、民家の庭にあったりと、ひっそり寂しくたたずんでいた事です。戦争が終わった今も尚置き去りにされている、そんな声が聞こえてきそうでした。日本は被害も受けたけれど、同時に加害者であったという事を忘れてはいけないと、メンバー達と確かめ合った一日でした。
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沖縄には古代から「外から来る人は幸せを運んできてくれる」という思想があるそうです。沖縄の人々は私たちを優しく包んで下さいました。普通に暮らしていると、のんびりした島は平和そのもの。どこまでも広がる沖縄の青い空は、涙と憎しみの悲惨な歴史を清算するかのように澄み渡っていました。
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私は平和活動家ではありません。けれど、自分の芸術活動が、ホンの僅かでも国と国との交流を生み、世界平和に繋がればと願っています。「平和」は人と人との頻繁なコミュニケーションにより少しずつ形成されるもの。そのコミュニケーションを「文化芸術」の形で進めたい。その決意が更に強くなった旅でした。
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![虹路 KOMICHI [日中合作舞台芸術・映像作品]](http://www.rainbowroot.com/wp-content/themes/V5-theme/images/sidenote01.png)
